武式太極拳精粋研究全書

序文

中国武術は悠久の歴史を有し、その内容は豊かで流派も数多い。 その中にあって、太極拳は中国武術を代表する重要な拳種の一つとして、 国内外の武術愛好者から広く親しまれてきた。

太極拳は、中国固有の伝統的修練体系であり、 身体を健やかにし、自己を防衛し、精神を安定させ、 さらには長寿を養うことを目的とする。 その運動特性は、 「鬆(ゆるやかさ)」「静(静寂)」「自然」「軽柔」「沈」「穏」 といった性質を基調とし、 円活で途切れることのない連綿とした動きに特徴がある。

しかしながら、太極拳の一招一式は単なる健康体操ではなく、 すべてに明確な技撃的含意が内在している。 その真髄を理解するためには、 身法、内勁、虚実の転換を深く認識し、 「内気潜転」によって外形を統御し、 意をもって気を行じ、気をもって勁を運び、 全身に行き渡らせることが不可欠である。 これにより、精・気・神が調和的に養われていく。

このように、外形のみならず内在の充実を重視する修練方法こそが、 武式太極拳の功力水準を、より速やかに、 かつ確実に高める道である。

本書の構成(全九部)

本書は、以下の九つの内容によって構成されている。

  1. 武式太極拳の創始
  2. 武式太極拳の人体に対する医療的・保健的作用(神経系、心血管系、呼吸系、消化系など)
  3. 拳理の研究:太極拳理論および武式太極拳の学習方法
  4. 武式太極拳の基本功訓練および身法の概要
  5. 拳架の解説:図解による伝統套路と要領の詳細
  6. 推手の修練:活歩推手・定歩推手および基本訓練法
  7. 器械訓練:太極剣、太極十三刀、太極十三槍および対練法
  8. 拳解と理論的考察(空・松・円・活、蓄勁と発勁など)
  9. 太極拳古典拳論および付録資料

武式太極拳の概要

武式太極拳は、中国伝統太極拳における五大流派の一つであり、 清代に河北省永年県広府において、 武禹襄(Pinyin: Wǔ Yǔxiāng)によって創始された。

武式太極拳は、武禹襄を初代とし、 李亦畬(Pinyin: Lǐ Yìyú)、 郝為真(Pinyin: Hǎo Wéizhēn)、 郝月如(Pinyin: Hǎo Yuèrú)、 郝少如(Pinyin: Hǎo Shàorú) へと、五代にわたり厳密に承伝されてきた。 その過程において、理論と実践の両面から不断の充実と整理が加えられ、 体系的かつ完成度の高い太極拳理論が形成された。

武式太極拳の外形的特徴は、 動作が簡潔で姿勢が緊密、 運動は緩やかでありながらも歩法は軽霊で、 尾閭は中正を保ち、虚実の区別が明確である点にある。 左右の手はそれぞれ半身を司り、互いに越えることなく、 出手は足尖を越えないことを原則とする。

さらに武式太極拳は、外形のみならず内功を重視する。 内在する虚実の転換と「内気潜転」によって外形を統御し、 すべての拳式は 「起」「承」「開」「合」 の四過程を内包する。

「開」とは、呼であり、発であり、放である。 すなわち全身の気勢を拡大し、 骨節および筋群を開展させ、 全身の勁を体外へと撒放する過程を指す。 これに対し、「合」とは吸であり、蓄であり、収である。 全身の気勢を収斂させ、 勁を体内に聚蓄する段階である。 この「開」と「合」は相互に転換しながら循環する。

武式太極拳は、 意をもって気を行じ、 気をもって勁を運び、 その作用を全身に遍らせることを要とする。 一挙一動は意の発動に始まり、 気がこれに随い、 最終的に形として現れる。 かくして意・気・拳は一体となる。

この拳体系は、 拳術のみならず、 導引術、芸術、医学、力学、物理学、哲学といった諸分野を 有機的に統合したものであり、 古雅でありながら新しさを併せ持つ。 攻防・格闘においても、 あるいは強身健体の修練においても、 独自の研究価値と実践的意義を備えている。

武式太極拳の学習方法

武式太極拳を正しく学び修練するためには、 まずその意義と運動特性を明確に理解し、 併せてその背後にある哲理を探究することが不可欠である。 実践の過程においては、 武式太極拳の方法論をもって運動の基本法則を把握し、 拳法および身法の要点を体得していく必要がある。

武式太極拳には、独自の基本功、すなわち「予備功」が存在する。 ゆえに、武式太極拳を修得するためには、 まずこの基本功を確実に修練することが前提となる。 予備功の意義は、主として以下の三点に集約される。

第一に、身法を整えるためである。 直立し、両手を自然に垂らした簡素な姿勢で修練することにより、 意識を身体構造そのものに集中させ、 後に套路を学ぶための基礎を築く。 これは拳架修練に先立つ準備段階である。

第二に、体力を養うためである。 この功法は体力に対する要求が低く、 立位を保持できる者であれば誰でも修練可能である。 しかし、数日間の継続的な修練によって、 体力は自然に向上していく。 よって、体力涵養のための準備功と位置づけられる。

第三に、心を静め、意を凝集するためである。 内功修練の経験を持たない者は、 往々にして精神が散漫となり、集中を欠きやすい。 予備功の修練は、心神を安定させる基盤を築き、 気の修練へと進むための準備となる。

予備功は、外は静かで内は動くという特性を持つ内功訓練法である。 修練により四肢筋群の力量が高まり、 站功の際には筋肉が等尺性収縮を行い、 運動強度が増大する。 同時に、胸腹および腰背の筋群が鬆沈し、 身体の重心は両下肢へと沈降する。 その結果、下肢の筋力は顕著に強化される。

また、予備功の修練においては、 鬆静の状態から上虚下実が形成され、 気は丹田へと沈む。 気血は調和され、 内力は不断に充実していく。 これにより、精が充ち、気が足り、神が旺盛となり、 経絡は通暢し、気血は充実する。 かくして、健身祛病の効が得られると同時に、 体力は継続的に向上し、 武式太極拳修練のための堅固な基礎が築かれる。

武式太極拳の修練は、 生疎から熟練へ、 熟練から懂勁へと至る、 段階的な深化の過程を経る必要がある。 その独自の運動特性と身法要求を十分に体現し、 各動作を正確に要領へと適合させることによって、 易から難へ、 難から順へ、 順から内勁を備える境地へと進み、 次第に功深の域へと至るのである。

三つの修練段階

第一段階:拳架の習得

拳架の修練とは、すなわち外形を整える修練である。 各動作姿勢は、必ず意念によって統御されなければならない。 この段階では、姿勢の正確さに重点を置き、 確固たる基礎を築くことが求められる。

太極拳の修練は、高楼を築くことに喩えられる。 基礎が深く堅固であってこそ、建造物は安定する。 外形構造が端正でなければ、 内部をいかに装飾しても、 やがて崩れ去ることは免れない。 太極拳も同様に、 外形姿勢が正しくなければ、 内在する内勁は損なわれ、 拳の修練は成立しない。

ゆえに、初学者はまず拳架の基礎を確実に固める必要がある。 これは、書道において正楷を学ぶ過程に等しい。 一画一画を疎かにせず、 横平竪直を厳守し、 構えを端正に整えることによって、 歪み、傾き、倒壊といった弊を避けることができる。

外形が整った後、 筆運びにおける逆入平出や収筆蔵鋒に相当する修練を重ね、 内には雄勁を蓄え、 外には端麗な姿を備える。 やがて行書、草書へと進むがごとく、 長年の鍛錬によって、 自然にして法度を失わぬ境地へと至るのである。

太極拳の修練もまた、 一定の規矩を遵守し、 動作姿勢の端正さを重視することが肝要である。 全套路の動作、運行経路、方向および角度を正確に把握し、 各姿勢の正確性を保った上で、 次第に熟練度を高めていくことが求められる。

第二段階:身法の修練

正確で安定した拳架を修得した後、 はじめて身法の修練へと進むことができる。 武式太極拳における身法は、 内形を構成する根幹であり、 太極拳修練において最も重要な要素の一つである。

武式太極拳には、 涵胸(Pinyin: Hán Xiōng)、 拔背(Pinyin: Bá Bèi)、 裹裆(Pinyin: Guǒ Dāng)、 护肫(Pinyin: Hù Zhūn)、 提顶(Pinyin: Tí Dǐng)、 吊裆(Pinyin: Diào Dāng)、 松肩(Pinyin: Sōng Jiān)、 沉肘(Pinyin: Chén Zhǒu)、 腾挪(Pinyin: Téng Nuó)、 闪战(Pinyin: Shǎn Zhàn)、 尾闾正中(Pinyin: Wěi Lǘ Zhèng Zhōng)、 气沉丹田(Pinyin: Qì Chén Dān Tián)、 虚实分清(Pinyin: Xū Shí Fēn Qīng) の十三条身法が存在する。

これらの身法は、 武式太極拳を修練する上での最基本条件であり、 また最重要の法則でもある。 もし身法の基礎を離れ、 その要求を満たさないままでは、 太極拳芸の体得は空語に終わる。

十三条身法は、 武式太極拳を正しく修練するための方法そのものであるが、 その習得は決して一蹴而就ではない。 まずは一、二の基本身法を選び、 一定の基礎を築いた後、 段階的に修練項目を増やしていくべきである。

すべての身法を修得した後には、 腰脊に気を収斂させ、 気を腰間に注ぐことを求める。 脊柱の気が腰に集約されるとき、 身体には主宰が生まれ、 身・手・歩法は一体として連動する。 これにより、 全身の筋骨は霊活かつ協調的となり、 さらに行気運勁の能力を体得する段階へと進むのである。

第三段階:内勁の理解

太極拳は、高度な総合性を備えた修練体系であり、 哲学、力学、物理学、医学、解剖学、経絡学、運動学、気功学など、 多岐にわたる学問分野と深く関わっている。 これらの知識を正しく理解し、 かつ適切に運用してはじめて、 太極拳の精髄を科学的に把握し、 その技撃的本質を明らかにすることが可能となる。

本書では、 意と気がいかに分別され、 また明確に作用するかについて、 若干の具体例を挙げて解説している。 さらに、作用力と反作用力の関係を示すことにより、 武式太極拳における発勁の研究、 ならびに意と気の相互関係を理解する上での助けとなることを意図している。

著者は幼少より、 武式太極拳第五代伝人である 郝少如(Pinyin: Hǎo Shàorú) に師事し、 身法および内勁、その理論を専心して研鑽してきた。 数十年にわたる寒暑の中で、 修練を絶やすことなく、 理法と内勁の探究を重ね、 体系的な整理と総括を行い、 自らの経験と体得を積み重ねてきた。

本書は、 武徳修養、文化的内涵、基本功訓練、理法研習を重視し、 功理・功法をもって套路を導くという 武式太極拳独自の教学思想を明確に打ち出している。 伝統套路の技術的特徴、 動作要領および基本訓練法を中心に、 意念によって内勁を導き、 行功走架の外形と動作を統御する方法を詳述している。

本書が、 武式太極拳の普及と水準向上に寄与し、 また基礎の異なる太極拳修練者にとって、 有益な指針となることを期する。


出版情報

本書は、2009年11月にタイ・バンコクにて刊行された。 武式太極拳の修練を志す者、 あるいは書籍の購入を希望する者は、 下記の連絡先へ問い合わせられたい。

連絡先:
中国(上海):86-21-52281896 / 136-5171-5119
タイ(バンコク):66-81-911-9424 / 66-86-559-8753 / 66-81-991-0339

著者である李伟明は、 彩色版書籍 『李氏太極気功祛病療法』(Pinyin: Lǐ Shì Tàijí Qìgōng Qū Bìng Liáofǎ) (中国語・タイ語併記版) も著している。

また、李伟明は上海において、 武式太極拳の個別指導を行っている。